想い出の演奏(27)

ーうら悲しくて、妖艶で、コケティッシュでー

ラヴェル:左手の為の協奏曲

サンソン・フランソワ(ピアノ)
A.クリュイタンス指揮  パリ音楽院管弦楽団


このCDは、今から20年ほど前に、徳島市の郊外、吉野川大橋の北詰にあったMという音楽喫茶(今も存在していること、Googleマップの写真で確認しました)で聴きました。

私がサラリーマンだった45歳を過ぎたころ、某社や大学病院との取引のために頻繁に徳島に出張していた時に、飛行機の時間調整のためにしばしば立ち寄った、お気に入りの喫茶店。

いつもカツカレーとコーヒーを注文したうえで、選曲は奥さんに一任して、時間を潰したものでした…。


仄暗く、妖しげで、退廃的な、冒頭からそんな雰囲気が横溢したこの演奏に、完全に心を捉えられました!

ピアノも、管楽器のソロも、そして弦楽器までもが、ジャズのような麻薬的なトーンを奏でる…。

聞けばフランソワのピアノと、クリュイタンス/パリ音楽院管による演奏とのこと。


ただ、演奏に漂う得も言われぬ仄暗さは、この店で(当時)使っていたRevox社のCDプレーヤーに由来するものだろうと推察し、

オーディオ好きの店の奥さんと、もっぱらそのことばかりを話題にしたこと、記憶しています。

と言いますのは、この数年前に我が家のCDプレーヤーを買い替える際、

試聴に使った内の1枚の「シベリウスの交響曲第4番」を仄暗く、ニヒルなまでに表現したRevox社のプレーヤーに心惹かれ、

専門誌でそれなりの評価を得ていた機器をいくつか視聴しつつも、最後まで捨て難い購入候補として残していたために、

さまざまなCDを持ち込んでいろんな曲を聴きましたので、その印象が脳裏に焼き付いていたわけです…。


単一楽章で、3部から構成されるこの作品。

先ずは、チェロとコントラバスの和音にコントラファゴットが加わって、闇の底で蠢くような不気味な雰囲気で開始される冒頭部。

オケが次第に盛り上がり、極限に達したところで、ピアノの強打によってエキゾチックな雰囲気を湛えた旋律が登場するところのインパクトは、強烈です!

明滅する灯火のように、美しくも妖しく揺れ動くカデンツァは、フランソワの独壇場!


ミリタリーマーチ風のノリノリの気分の中間部に登場する、管楽器の奏する孤独な哀愁を滲ませながらも、ユーモアを感じさせる印象的な旋律!

ピアノ、オケ共にコケティッシュな表情を帯びながら、次第にジャズっぽく乱痴気騒ぎのように盛り上がっていくところは、

クラッシックとの堅苦しい壁が取り払われたかのような、リラックスした雰囲気が漂います。


後半部のピアノによるカデンツァの、艶やかなこと!

最後に、中間部の動きが再現され、幻のごとく消え去るように曲は終わりました。

ジャズ発祥地の場末の(危険な)雰囲気が漂うような、そんあ感慨を抱きながら聴いた素晴らしい演奏が、20年の時を隔てて、我が家のリスニングルームで再現することができました。


興奮冷めやらぬままに続けて聴いたのが、ツィメルマンのピアノとブーレーズ/ロンドン交響楽団による同曲の演奏。

こちらは、まるでクリスタルの輝きを放つ、超一級の精緻な工芸品です!

多様な解釈が許される、誠に懐の深い名曲の名演奏を、改めて二つも知ることができました。