想い出の演奏(17)

ー壊したくない想い出ー

ヴェルディ:歌劇『椿姫』全曲

ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘルス(ソプラノ)他
トゥリオ・セラフィン指揮  ローマ歌劇場管弦楽団


最近はオペラの全曲を聴くことは殆んどなくなりましたが、10〜20歳台にかけては、ヴェルディやワーグナーに心酔した時期があり、

「いつかはスカラ座やバイロイト詣でを!」とも考えたものでした。

若い頃にオペラに興味を示し始めたきっかけは、私の記憶では15歳の時に『椿姫』全曲がTV放映されたのを見て感動したからに他なりません。

実は、この文章を書き始めるまでは、1963年の日生劇場柿舎落としのために初来日した、ベルリン・ドイツオペラのライブ放映だとばかり思い込んでいたのですが、

調べてみると、その時の公演曲目には、『椿姫』は記載されていません…。

結局、いつ、どこの歌劇場の、それも来日公演だったかどうかも判からずじまいのままに書いているのですが…。

確かなことは、第2幕の第1場、ジェルモン役のフィッシャー=ディスカウが登場すると、場内を埋め尽した観衆の中から異様などよめきが沸き起こり、

「マドモアゼル ヴァレリー♪」と第一声を発しただけで、感嘆のため息が漏れたこと、この記憶だけは100%確実だと申し上げられます!

これを機会に、私はオペラに魅せられ、ヴェルディやワーグナー作品を、少しづつですが聴くようになりました。

初めて買ったオペラの全曲盤は、勿論『椿姫』でした。

レコード店で「録音も演奏も折り紙つき!」と勧められて、トゥリオ・セラフィン/ローマ歌劇場管弦楽楽団の2枚組LPを買ったのですが…。

実を申しますと、この歌劇で重要な役割を果たすべきアルフレードとジェルモンに関する印象は、全く残っておりません。

ただ、ヴィオレッタ役のヴィクトリア・デ・ロス・アンヘルスの歌唱だけが、LPをを手放した今もなお、しっかりと記憶に刻まれているのです。

とりわけ第1幕後半での、ヴィオレッタのレチタティーヴォと、続いて歌われる“ああ、そは彼の人か”での、

アルフレードの愛の告白を思い返しながら、喜びに胸打ち震わせる、けなげで可憐な表現。

幸せな思いから、ふと我にかえった再びのレチタティーヴォでの、「金持ちの男に囲われる自分には、アルフレードに愛される資格がない」と葛藤する真に迫った表現力、

そして、そんな思いから、半ば自暴自棄に歌われる“花から花へ”での、極限のやりきれなさを表現したロス・アンヘルスの絶唱は、40数年にわたって、私のスタンダードとなっており、

その後に、様々なソプラノの名唱を聴いてきましたが、未だにこの記憶を凌駕する演奏に出遭うことができません。

ただ、CD化されたこの演奏を再び聴くことは、止めておこうと決心しています。

若い頃だからこそ、心の琴線に触れ得た、貴重な体験なのかもしれませんから…。