想い出の演奏(11)

ーバレーの素晴らしさを初めて体験した曲ー

マゼール指揮  クリーヴランド管弦楽団


生まれて初めてバレーを観たのは、今から25年前。

妻に強引に口説かれて、当時住んでいた長野県の松本から、東京文化会館でのボリショイ・バレー団の公演に、わざわざ出かけました。

当初は2幕終了後には帰途に就く予定で、特急『あずさ』の指定を取っていたのですが、余りに素晴らしさに後ろ髪をひかれる思いで、結局終了まで楽しんでしまいました。

この日のバレーと音楽が一体となった舞台の躍動感は、未だに夫婦の話題に上るほどの、当初の期待を遥かに上回る一期一会の体験でした。

自分がコンサートホールで接した演奏が、後日TVやFMで放送されるのを聴いたことは何度もありますが、例外なくその時の感動が蘇ります。

その上会場では聴き取れなかった演奏の素晴らしさを、改めて発見することもしばしば体験しました。

この日の公演は、NHKが録画収録していることを知っていましたので、後日の放映を楽しみにしていたのですが…。

ところが二週間後に放映された映像は、当日の舞台とは似ても似つかぬ精彩を欠いたもので、その時の感動は、全くと言ってよいほど蘇りませんでした。

不審に思ってNHKに問い合わせましたが、私たちが行った日の収録に間違いないとの返事。不思議で仕方がありませんでした…。

いろいろと考えた挙句に、

1)ホールで観る聴衆の眼は舞台全体の動きを俯瞰した上で動きを追っているpr>2)一方カメラは、特定の部分にスポットを当てて撮影している

3)そのために、舞台全体の動きが掌握できないために、躍動感が乏しくなった

これが我が家での結論でした。この考えは今も変わらず、「バレーは生で観なければ…」ということになっています。未だ実演を観たことのないオペラも、多分同じことが言えるのでしょうね。

ところが四半世紀が経過した今、マゼール/クリーヴランド管による全曲盤を聴くと(音楽のみです)、その時の舞台の躍動感がまざまざと蘇ってくるのです。

マーキシオの軽妙洒脱な動き、

騎士たちの踊りでのどす黒く威圧的な表情、

バルコニーの場面での美しいエロチシズム、

タイボルトの死の場面に鳴り響く慟哭と怒りの不協和音、

死を予感を漂わせながら夢の中を逍遙するジュリエットの姿等々…。

インスピレーションを刺激する,素晴らしい演奏だと思います。

最近は視覚と聴覚を同時に満足させる、DVDやブルーレイの発売数も増えつつあるようです。

私自身も、音楽の感動は視覚と聴覚の相乗効果に拠ることが大きいとは認めつつも、「画面が大きいから感動も…」というのは、ちょっと違うようにも思うのです…。