放 浪 記 (27)

大賀ホールの立見席

2009.8.11 


軽井沢の大賀ホールの二階全140席は、国内では珍しい立見席になっています。

これは、軽井沢町にホールを寄贈された大賀典夫氏が、若い人たちが格安なチケット料金で、良質な音楽に親しめるようにとの配慮から、ホールの規模(全800席)から考えても、アンバランスと思えるほどの立見席が設けられたのでした。

ところが、オープン後に立見席を利用する人の年齢層をみると、収入の少ない年金世代が圧倒的に多いようですし、

その副作用として、立ったまま聴くことで体力的に無理が生じるのか、中には演奏中に気分が悪くなってうずくまったり、床に倒れる方もいらっしゃいました。

その一方では、大賀氏が配慮された音楽を愛する若い人たちは、予想に反して皆さん金銭的に豊かな方が多いらしく、ゆったりと座って聴ける料金の高い席で楽しんでおられる実態が、明らかになってきました。

ところで、このホールで最も音の良いスペースは、ほかならぬ立見席が設置されている二階であることがわかってきました。

私も、二階の様々な場所で聴いたことがあるのですが、特に室内楽のような小規模編成の曲では、場所を問わずに木造のホール特有のやわらかく良質な響きが見事にブレンドされて、音楽に包みこまれるような、素晴らしい音響を体験することができました。

そんな理由から、「二階席を椅子席に」という要望が、年を追うごとに増えてきたようです。どうやら今年のシーズンが一段落すると、改装工事に着手されることになるとか。

一部、立見席は残されるようですが、少なくとも二階の舞台正面にあたる席は、最上級の席としてリザーブされることになりそうです。

私は、このホールの二階立見席を、知る人ぞ知る音響の優れたスポットとして、いつまでも安価な料金で提供しておいてほしかったと思う一人です。

イタリアのミラノにあるスカラ座は、オペラの殿堂として知られたホールですが、ここの天井桟敷と呼ばれる屋根裏席は、チケット料金が安いために、聴覚が肥えた真のオペラ好きが集まる席として知られており、

演奏が拙ければ、遠慮なく痛烈なブーイングが飛ぶという、演奏家にとっては真の実力が問われる、大変に厳しいホールとしても知られています。

お行儀のよい日本の聴衆に慣れた演奏家の方には、「たかが素人…」とうそぶくことなどできない環境。私は大賀ホールの二階席が、「いつかはそんな場所になれば…」とひそかに夢見ていたのですが…。