その名の通り、フランスの北西部ブルターニュ地方に古くから伝わる民謡を素材として、作曲されたものらしいのですが…。
この第3曲を初めて聴いた時、すぐにスメタナの交響詩『モルダウ』の主題に、まさに瓜二つだと確信しました。
学生の頃は、よく似た曲に巡り会うたびに、「BはAの模倣じゃないか」などと、友人同士で知識を披露しあったものでした。
その頃と同じように、少々誇らしげな気持で、「何かの曲に似てへんか!」と言いながら妻に聴かせたのですが、
「さあ?わからへんわ…」と妻。
「モルダウと、そっくりやと思わへんか」と私。
「モルダウって、川の流れをイメージさせる動きのある旋律やろ。今聴いたのは、祈りみたいで、それがないように思うけど…。私には、ようわからへん」
真っ向から否定しょうものなら、機嫌を損ねると感じて、遠慮がちに言ったのでしょうが、私にとっては、「違う」と断定されたようなもの。
少し、ムカッとはしたのですが、
ただ、妻は子供の頃と、30〜40歳代にかけての10数年間、ピアノを習っていましたので、腹立たしくは思いつつも、その感性を無視することもできません。
ラ・シ・ド・レ・ミ・ミ・ミー・ファー・ファ・ファ・ミーーー
レ・レ・レー・ドー・ドー・シー・シー・ラーーー
狂詩曲の第3曲は、冒頭がこういった感じの曲で、一音階ずつ上がり下がっていく点はモルダウと同じであるため、
私には「そっくり!」と感じられたのですが、
そもそも調性が全く異なっていますし、モルダウでは、川の流れを表わすように、主題は抑揚をつけて演奏されますので、
妻にはとても似た曲だと思えないのでしょう。
夫婦とも音楽が好きなために、
「同じご趣味でよろしいですね。奥様のピアノをご主人が聴かれたり、ご一緒にCDを楽しまれたりしておられるのでしょう」と、うらやましがられますが…
こんな例一つをとっても、お互いの感性にギャップがあるために、
妻は「あんたの前では弾くのは嫌や!」と、私の存在を煙たがりますので
音楽はお互い別々に楽しんでいるのが現状なのです。