どんな内容の小説かも分からず、勿論世間的評価などない状態で、なぜこんなに評判を呼んで、売れるのか?
『世界のムラカミ』という、既に築きあげられたブランド性に加え、
イスラエル賞受賞時のスピーチの話題性と、
その直後のタイミングで、敢えて内容を明かさずに、『最新長編小説 初夏刊行決定』の広告を出して、読者の飢餓感をあおった出版社の巧みな戦術。
発売前に重版が決まり、発売10数日でミリオンセラー達成の報道が一斉に報じられ、買いが買いを読んだ!
おおむねこういったところが、主たる論旨だったと記憶しています。
ところで、普通、新製品が発売されて、広く流通するに至るまでには、以下のような消費者層の壁をクリアーしていくと、言われています。
1:商品の新規性に価値観を持つ消費者によって、購入される。
ただ、この商品情報が一般消費者に流されることは、皆無に等しい。
2:独自に商品の価値(有用性・用途・対価格等)が判断ができ、
かつ、他人に先んじて使いたい人によって購入される。
この人達から、主として口コミによって、商品に関する情報が発せられる。
3:2から発せられた情報によって、多くの消費者がその商品の存在を意識し、
消費意欲に火が点けられる。
この2から3の間には、大きな壁があると言われています。
2に属する消費者には、「価値のあるものを、他人に先んじて…」という動機が存在するのですが、
3に属する消費者(大多数がこれに該当します)にとっては、「多くの人に使われている」という安心感こそが、購入に踏み切る決定的な動機付けとなるからです。
善し悪しは別として、こういった自制心の存在が、ある意味健全な消費を育んできたのだろうと思うのですが…。
ところが、今回の『1Q84』ブームは、1、2、3の消費者層が、多分同時に、同一の反応していると思われます。
我々団塊世代の人間は、学園紛争時には、価値観の多様性に戸惑い、それぞれに悩みを抱いていました。
その一方で、今回のような雪崩現象が生ずるたびに、世の中が戦争に向かっていくような、そんな危惧を抱く人も、少なくはありません。
我々と同じ団塊世代の村上春樹氏…
今巻き起こっているブームに、最も戸惑い、そして最も心配しているのは、彼自身かも知れません…。