放 浪 記 (14)

良い聴覚(みみ)の正体

2009.5(2) 


この文章は、自慢話と誤解されるかもしれませんが、本人は音楽に関する基礎知識のなさに、コンプレックスを感じながら書いています…。

サラリーマン時代に、3年間ほど大阪⇔徳島を頻繁に移動した時期がありました。

その際、帰りの飛行機の待ち時間を利用して、新吉野川大橋の北詰にある“M”という、クラシックに精通された奥さんが経営される音楽喫茶に立ち寄って、音楽を聴きながら時間を過ごしたものです。

携帯電話が普及する前のことですから、こんな時間の過ごし方も可能だったのでしょうね。

ある時、店内でR.シュトラウスの『薔薇の騎士』組曲が流れていたのですが、途中のワルツの部分で、急に可笑しさがこみ上げてきました。

「何が可笑しいのだろう」と記憶を辿ると、

以前大阪フェスティバルホールで行われたウィーン・フィルのコンサートで、マゼールがアンコール曲の『皇帝ワルツ』を振りながら踏んでいたステップを目の当たりにした時

気取ってはいるものの、優雅な演奏とは相容れない姿に(失礼!)思わず苦笑したことを想い出したのです。

そこで奥さんに、「これ、マゼールの演奏ですか」と問いますと、

「どうしてお分かりになったのですか。昨日到着したばかりの輸入盤で、聴かれた筈はないと思うのですが。いい聴覚(みみ)されてますね。音楽関係のお仕事ですか!」

そう言われて、もちろん悪い気はしませんでした。

奥さんには、演奏会でのそんな体験談を話した上で、「可笑しさがその時とそっくりだったので、マゼールの演奏だと思ったのです」と告白し、ようやく了解してもらえたのです。

この体験は、音楽的な素養や知識とは関係なく、昔観た映画音楽のオリジナルサントラ盤を聴いた時に、格別な懐かしさが蘇るのと同じ現象だと思います。

聴覚と視覚の両方から情報を得ることによって、普段は一度聴いただけでは認識できない演奏の特徴を、素早く把握できたのだろうと、私は考えています。

たった一度の聴覚からの情報だけで、その演奏の特徴を明確に認識できる人が世の中には少なからずいらっしゃるようで、そんな才能を持った人を、私は羨ましく思います。