放 浪 記 (13)

五 月 の 蠅

2009.5(1) 


5月2日、朝から雲一つない快晴で、日中は汗ばむような陽気です。

朝10時、近くのスーパーに買い物に出かけると、普段はガラガラの広い駐車場は、既に満車状態!

店内も、「他に行くところがないんかいな」と思えるほど、別荘族らしき人々で混み合っています。

周辺の道路は、どこも大渋滞が予測されるこの時期、家族全員であれやこれやと言い合いながら買い物をする姿を見ていると、皆さんこれを楽しみに別荘に来ているように思えてきます。

『五月蝿い(うるさい)』。読み方をご存知の方は多いでしょうが、この漢字が持つ由縁を身にしみて体験することは、都会ではまず不可能でしょう。

で、大した意味もないとは思いつつ、田舎住まいをする私の体験から、『五月蝿い』という戯れた当て字の意味を理解していただくお役に立てればと…。


この時期、庭の雑草は、まだ気になるほどには成長していませんが、油断をすると、一雨降った翌日には、あっという間に庭中に蔓延ってしまいます。

そうなると、抜いても抜いてもおっつかなくなるために、天気の良い日には、少しづつでも草抜きをするように心がけています。

今日も、未だ陽射しが弱く、虫が活動を始める前の、朝7時から作業を開始しました。

にもかかわらず、しばらくすると、どこからやってきたのか一匹の蠅が、しつこく私に付きまとい始めました。

手で追い払おうとするのですが、その執拗さは筋金入りで、追っ払っても追っ払っても、容易には立ち去ってくれません。

蠅といえば、昔から汚物に群がる蛆を連想するために、不潔なイメージが定着しており、滅多なことでは、素手で叩き潰せません。

しかし、あまりの執拗さに業を煮やし、意を決して叩き潰そうとすると、こちらの強い決意に殺気を感じるのか、しばらくは遠ざかります。

しかし、作業を再開すると、見計らったように戻ってきて、嘲笑うかのように、一段と羽音を高くして(いるように聞こえます)、前よりもしつこく顔のまわりを飛び回ります。

年齢と共に運動神経が鈍化してきた私には、たった一匹の蠅を退治することすらできず、結局早々に草抜きを止めてしまいました。

「静かで、空気のきれいなところに住まれて、本当にうらやましい!」

我が家を訪れてくれた友人たちは、異口同音にそう言ってくれるのですが、ありのままの自然を受け容れる心境には、なかなか到達できません。

“やれ打つな 蠅が手を摺る 足を摺る”

一休禅師の有名な一句ですが、もし五月の蠅の攻撃に遭われたらどうなさるのだろうかなんて、俗人の私は、そんな意地の悪いことを考えてしまうのです。