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ベートーヴェン:
ヴァイオリン・ソナタ第7番 ハ短調

G.クレーメル(ヴァイオリン)  M.アルゲリッチ(ピアノ)


有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」で、生来有していた稀有な聴感覚を喪っていく断腸の思いを告白することにより、自らの葛藤と決別し、

音楽家としてのハンディにもめげず、生涯を芸術の創作に捧げる決意をしたベートーヴェンは、

それまでの迷いが吹っ切れたように、交響曲第2番、ピアノ・ソナタ第16〜18番、そしてヴァイオリン・ソナタ第6〜8番などの、

彼には珍しく、明るくって屈託がなく伸びやかな、自由闊達な作品を誕生させていきます。


ヴァイオリン・ソナタ第7番は、

当時の作曲法理論では、「悲劇・大きな不幸・英雄の死」を表現するとされたハ短調(悲愴ソナタや運命交響曲)で書かれていることから、

そのような内容を表現した曲と解釈されることもあるようですが…。

今日エントリーするクレーメルとアルゲリッチの演奏を聴くと、

敢えてハ短調という調性を用いることによって、既に身体的・精神的苦悩から立ち直り、

ワルとシュタイン・ソナタや英雄交響曲といった意欲的な創作へと立ち向かわんとする直前の、寛いだ青年ベートーヴェンの姿を垣間見るように思えるのです。


【第1楽章:Allegro con brio】

そっけない表情のピアノ・ソロで開始される冒頭部に続き、ヴァイオリンが甘く切ない、縋るように絡んでいきます。

意気揚々とした行進曲風の第2主題は、お茶目で得意気な女性の表情が思い浮かぶ、ユーモラスなもの。

展開部からコーダにかけての、2つの楽器の丁々発止としたやり取りには、勇壮なロマンが感じられます。


【第2楽章:Adagio cantabile】

淡々として穏やかな表情で歌われていく第2楽章。

第2主題でのピアノとヴァイオリンの対話の、いじらしいまでの愛らしさ!

深刻ぶってはいませんが、音符の一つ一つに生命を持たせて語らせる二人の演奏からは、

恋もすれば泣きもする、生身の人間ベートーヴェンが感じられてなりません。


【第3楽章:Scherzo】

第1楽章第2主題のように茶目っ気や愛くるしさに加え、居丈高な表情がユーモラスな主部!

中間部には、ハイドンの弦楽四重奏曲「皇帝」を思わせる旋律も…。


【第4楽章:Allegro−Presto】

暗みから立ち上がるように叩きつけるようなピアノで開始され、

高貴な理想を湛えたような第1主題が、ヴァイオリンで登場。

この主題がフガーと風に次第に盛り上がるさまは、難聴と対峙することを決意したベートーヴェンの、力強く迷いのない姿が表現されているようで、大変に感動的!

コーダでは熱狂が最高潮に達し、力強い結末を迎えます。


ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの中でも、白眉の名曲の名演だと思います。

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