ショパンの練習曲を意識し、12曲で1つのまとまりを成すように構成されています。
「悲愴」と呼ばれるop.8の第12番嬰ニ短調は、
ソフロニツキー、ホロヴィッツ、キーシンと言った錚々たるピアニストの演奏でたびたび耳にすることはありましたが、
全曲を通して聴いたのは、今回が初めてのことです。
ロシアの新鋭コロベイニコフ(1986〜)!
この人の演奏を聴くのもこれが初めてなのですが、
颯爽としていて、かつ瑞々しい音色が、弛緩することなく連なっていくさまは、
12の小曲それぞれが、緊密な繋がりで構成されていると確信させるもの。
そして、それぞれの曲がリリシズムに溢れており、「未だ聴いたことのないショパンの作品?」と錯覚しそうになりました…。
ショパンの「24の前奏曲」を通して聴いた時の、壮大な絵巻物を思わせるドラマティックな感動こそありませんが、
恋する若者の、揺れ動く切ない心の機微に触れるような、
そんな初々しさや繊細さが、全曲を通して内包された作品であり、演奏です。
第1曲目冒頭のアルページョは、ショパンの「24の前奏曲」を彷彿させるよう。
密やかさの中に、華やかさや愛らしさがちりばめられた魅力的な曲で開始されます…。
第2曲の燃えたぎる情念、第3曲では暗闇からほの見える、崇高さ!
光り輝く清流のような第4曲を経て、ノクターン風の第5曲の中間部では、不穏な心の動きが…。
茶目っ気のある変則的なリズムの第7曲に続き、
雨露の滴りを思わせるように開始される美しい第8曲の後半部には、ふと哀愁が忍び寄ります…。
不規則に脈打つように不穏さに包まれて開始され、夢見るように浮遊する中間部を経て、次第に高揚していく情熱。壮大なバラードのような第9曲。
蝶々が飛び回るような、ちょっとコケティッシュな第10曲を経て、
実らぬ思いを切々と吐露するような第11曲は、最後に幻のように消えていきます。
時に「悲愴」と題されることのある、有名な第12曲。
過剰な情感を排除して推進するコロベイニコフの演奏は、
前述した錚々たるピアニストと比べても、悲しみの痛切さと諦めの気持ちが一層深く感じられる、そんな名演です。
このピアニストの弾くロシア物には、しばらく注目したいと思いました。