「内緒の手紙(=恋文)」とは、作曲者自身がこの曲に添えた副題。
1917年、63歳の時に南モラヴィア(チェコ)の温泉地で出会った38歳年下の歌手であり人妻のカミラ・ストスロヴァーと、死ぬまでに700通もの文通を続けたとされており、
その親密さを表現しようとした作品だとか…。
ただ、カミラはこの老人の純愛(?)を決定的に拒むことをせずに、彼の在命中文通を続けていたのは、
彼が「カーチャ・カヤノヴァー」「利口な女狐の物語」「マクロブーロス事件」等、彼女に触発された役柄の舞台作品を書き上げていたためなのでしょうか?
したたかな女性像を想像しても、あながち的外れでないようにも思うのですが…。
エントリー盤は、イギリスのメディチ弦楽四重奏団によるもの。
時に激情的に過ぎると感じられて、聴き苦しさを覚えていたこの作品でしたが、
極力感情表現を抑制することによって、しみじみと味わい深さを認識させてくれた演奏です。
【第1楽章:Andante】
冒頭の形にならない激しい感情表出は、カミラとの運命的な出会いを表わしているのでしょうか。
ガラスを引っ掻いたような音色(スル・ポンティチェル奏法)は、理性を失った心の表現?
優美な主題とが入り混じって、夢と現の間をさ迷う、晴らすすべのないやるせない思いが伝わってくる演奏です。
【第2楽章:Adagio】
前述した「温泉地での思い出」と呼ばれるこの楽章は、カミラとの出会いの回想でしょうか。
心の痛みを慰撫するような慈愛に満ちた旋律で開始されますが、中間部では狂気のような感情の高まり。
しかし最後には、悟りのような穏やかさが訪れます…。
【第3楽章:Moderate】
思いが叶わず、悪夢にうなされつつも、次第に回復へと向かう、
恋に陥った人の移ろいゆく心の変化が表現されているのでしょうか。
【第4楽章:Allegro】
終楽章に至って、ようやく歓喜に溢れた力強い舞曲が登場して、明るい曲調になりますが、
それも一時的なもので、よぎる不安に、心は錯綜します。
第2ヴァイオリンのピッチカートで始まる、夢のようにゴージャスな舞踏会を髣髴させる旋律も、スル・ポンティチェル奏法によって、完膚なきまでに崩壊………。
愛は報われたのか、それとも過酷な死を迎えざるを得なかったのか…。
ヤナーチェク作品から聴き取れる民俗的抒情は希薄かもしれませんが、
感情表現を抑制することによって、難渋さが排されたこの演奏!
ヤナーチェクがお好きでない方も、一度お聴きにおなってみてください!