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ベートーヴェン:
ヴァイオリンソナタ第6番 イ長調 op.30-1

G.クレーメル(Vn)  M.アルゲリッチ(P)


1802年の10月、ベートーヴェンは悪化の一途をたどる難聴への絶望感と、

音楽家としてのプライドゆえに他人に告白できないという、

二重の苦しみを抱きつつ、有名な「ハイリゲンシュテットの遺書」をしたためました。

この遺書はベートーヴェンの没後、遺品の中から発見されたものですが、

自らの耳疾患を文章として残すことによって、死後に人々に理解してもらえるという一種の安堵感がもたらされ、とりあえず気持の整理がついたのでしょうか。

それ以降、難聴という音楽家としての致命的な苦しみを負いつつも、

溢れ出る楽想を、試行錯誤しつつ譜面に書き留め、何度も書き改めながら、

音楽史に輝く偉大な作品を、数多く創作していきました!


今日エントリーするヴァイオリンソナタ第6番は、

遺書をしたためた翌年に書かれたop.30の3曲の内の1曲で、

偉大さと言うよりも、私的な感情を楽譜に書き留めた作品。

クレーメルとアルゲリッチによる演奏は、穏やかで地味かと思っていたこの曲に、他のどの演奏よりも瑞々しい感性が吹き込まれており、

再び創作に立ち向かうベートーヴェンの吹っ切れた初々しい心境が、見事に表現されています。


【第1楽章:Allegro】

密やかに、神経質に開始される冒頭部から心のときめきが表出されているようで、まるで恋の予感!

繊細な粒立ちで、かつインスピレーションに溢れたピアノを優しく受け止める、ヴァイオリンの心打ち震えるような表現!


【第2楽章:Adagio molto espressivo】

お互いの行動にワクワクしながらも、時折よぎる疑念・感情の戸惑い。

ヴァイオリンとピアノの対話が、揺れ動く心を見事に表現した曲であり、演奏です!


【第3楽章:Allegretto con variazioni】

主題と6つの変奏によって構成される終楽章は、ヴァイオリンとピアノが、フレンドリーに語らうような主題を奏でた後、

ピアノのスタッカートが、ふざけ合うような仕草を思わせる第1変奏!

ちょっと気どった、澄まし顔を髣髴させる、レガートが美しい第2変奏!

飛び跳ねるように愉し気な第3変奏!

ヴァイオリンが奏でる吃音のような表現は、慌てふためく様子でも表現しているのでしょうか。一風変わったアクセントとも感じられる第4変奏!

どこか相容れ難い、憂愁を湛えた第5変奏!

力強く快活な会話を思わせる最終変奏は、幸福感に満ちており、のびやかに終わりを告げます!


初期から中期への橋渡しとなるop.30の3曲は、モーツァルトの影響を払拭し、独自の境地を開いた作品と評価されていますが、

若き日のベートーヴェンの感性の瑞々しさが、率直に表現された佳作!

クレーメル、アルゲリッチによるこの3曲は、ベートーヴェンの全作品中でも、最も愛すべき作品の一つであり、演奏だと思っています。

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