しかし諸兄もご体験のことと思いますが、全曲盤としての評価と、個々の作品から受ける印象とは異なることも事実です。
いわんや、「ピアノ音楽の旧約聖書」とまで評されるこの作品集、
個々に採り上げても、高い格調を有する素晴らしい作品が数多く含まれていて、
特定の曲に強い思い入れを抱かれている方も、少なからずいらっしゃると思います、
私もそんな音楽ファンの一人で、第1巻をひとまとめにしてエントリーすること自体が、どだい無理な話だったと反省しています。
今日採り上げるのは、第1巻の中から第8番変ホ短調!
第1、2巻の全48曲中でも、極めて厳粛で、比類のない崇高さを湛えた作品と評価されています。
2年前にポリーニ盤で第1巻をエントリーした時には、この第8番から受けた圧倒的な印象を、演繹的に第1巻のそれとして書いたものです…。
あらためて聴き直したポリーニ盤による第8番、その印象は、全く変わりませんでしたが…。
エントリーするのは、ヒューイットが2008年にイタリア製の名器「ファツィオーリ」を使って録音したもの。
【プレリュード】
繊細で微妙な表情付けで紡がれる美しい音の数々からは、
神に慈悲を請うように、
時に流す涙さえもが感じられ、
そして最後にはすがるように切ない思いが込められた、極めて人間的な演奏と感じられます。
【フーガ】
バッハのフーガからイメージする、各声部が対立する峻厳さとは一線を画し、
曲の流れの中で揺れ動く感情のグラデーションが重視されている、
そのような演奏と感じました。
ただ、プレリュードからフーガへの一連の流れを、秀逸な解釈だと感銘を受けつつも、
バッハの書いたフーガという固定観念が払拭されないために、今一つ釈然としない気持を抱いたのも事実です。
ここからは、一素人愛好家の戯言として、聞き流して頂きたいのですが…。
プレリュードをヒューイットの演奏で、
フーガをポリーニの演奏で繋いでみれば、
ヒトの真情の吐露と、それに対する偉大なる神の導き、
いかにもバッハ音楽らしい構図が描けるような妄想を、ふと抱いてしまいました。
とは言いつつも、そんなことをすれば、二人の偉大な演奏家を冒涜するようで、試してみる決心はつきませんが…。