毎年のように、一過性に過ぎないのですが、思索に耽りたいという欲求に駆られてきます。
とは言っても、哲学的な瞑想に耽るほど、常々人生を深く考えているわけではありませんので、
その種の音楽を聴いて思索する悦びを感じ、それに満足しているというのが実情なのですが…。
そんな要求を満たしてくれるのが、私にとってはリストのピアノ曲。
今朝聴いたのは、チッコリーニのピアノで『詩的で宗教的な調べ』全10曲。
フランス・ロマン派の詩人ラマルチィーヌの同名詩集に触発されて、30歳代の後半から、40歳台の前半にかけて作曲されたもので、
全曲を演奏するのにほぼ80分近くを要する大作です。
何度聴いて理解できない曲があって、全曲の印象をまとめることは、とてもできませんので、
今日は、第3曲「孤独の中の神の祝福のみをエントリーします。、
「人生は短いけれど、満ち足りており、暮らしていくには十分です」(ラマルティーヌ著:『詩的で宗教的な調べ』より)
以前にどなたかのブログで拝読して、メモしておいた言葉なのですが、
チッコリーニの演奏する「孤独の中の神の祝福」は、まさにその言葉を実感させてくれるもの。
音楽を聴きながら、詩の味わいを噛みしめています。
第1部冒頭の、シンプルながらも崇高さを湛えた感動深い旋律を支えるアルペジオの響きは、さながら小鳥の囀りを聴くような趣…。
チッコリーニの演奏では、曲の進行に伴いアルペジオの音色を変化させることによって、
時に渓谷を流れる水飛沫のようなきらめきを、
時に森の木々のざわめきのように、その趣を変化させてゆき、
静かに、いっくりと、感動は高まっていきます…。
自然の中に佇み、森羅万象に感謝する、そんな気持ちが心の底からこみあげてくるような、見事な解釈であり演奏だと思います!!
間奏曲のような短い第2部は、決断を下せずにためらっているような、そんな気持ちの迷いを感じさせる音楽ですが、
宗教的感慨とも結びつくように思えて、惹かれるのですが、
その方面に疎く、未体験の分野であるために、理解出来そうで出来ない、もどかしい音楽でもあります。
第3部は、知と情のバランスが絶妙と思えるチッコリーニの演奏によって、讃美歌のような音楽が紡がれ、曲の流れに身を委ねつつ、
詩的で高貴な世界へと誘われていきます…。
全ての悩みは浄化されて、まるで天上の花園を逍遙するような、至福の時が続きます…。
いつまでもこの感慨に浸っていたいような、そんな極上の演奏!
この曲には、クラウディオ・アラウの定評の高い名盤があります!
とりわけ、第3部での神々しいまでの精神の高まりは、鳥肌が立つほどに感動的な演奏で、おそらく唯一無二のもの!
お聴きでなければ、「ぜひ!」とお薦めします…、
ただ、私がチッコリーニ盤を挙げた最大の理由は、第1部で述べた感慨がような得られるのは、この演奏のみ!
ご一聴頂ければ幸いですが…。、