最近聴いたCD

ハミルトン・ハーティ:
管弦楽のための詩曲『リールの子供たち』

ヘザー・ハーパー(ソプラノ)
ブライデン・トムソン指揮 アルスター管弦楽団


ハミルトン・ハーティ(1879-1941)は、アイルランド島北東部の寒村で生まれ、育った指揮者・作曲家。

1900年にロンドンに渡って本格的に作曲の勉強に取り組むまでは、オルガニストだった父の薫陶を受けつつ、地元で音楽に親しんできました。


ご承知のように、アイルランドやスコットランドの音楽は、日本と同じ五音階で成立しているために親しみ易い上に、

その旋律が「蛍の光」「故郷の空」などの小学唱歌として採用され、幼い頃からそれとなく耳にし、口ずさんできました。

我々日本人がこれらの国の音楽に言いしれぬ郷愁を覚えるのは、それだけ生活と一体化していたということでしょう。


それはさて置き、指揮者としてオーケストラを熟知する彼は、ヘンデルの『水上の音楽』『王宮の花火の音楽』に近代的オーケストレーションを施したことで有名ですが、

作曲家としては、生まれ育ったアイルランドの民族音楽の伝統を反映させた作品を生み出しています。

その洗練された音色から、澄みきった爽やかな大気が感じられるだけでなく、そこはかとない郷愁を思い浮かべるのは、そういったキャリアによるものでしょう。

エントリー曲は、肺結核に侵されて死期を悟っていたといわれるハーティが、ケルト民話を題材に作曲したもので、彼の白鳥の歌となりました。


【民話の粗筋】

妻を亡くした海の神リールは、残された4人の子供たちを淋しがらせないよう、妻の妹を後妻に迎えます。

ところが、夫が子供たちを余りに溺愛するために、嫉妬した継母は、彼らを魔法で白鳥に変えてしまいます。

白鳥となった定めで人間社会を離れ、アイルランドの湖沼をさまようことになった4匹は、いつも連れ立って生活していましたが、いつの間にか900年の月日が流れました。

或る日4匹が、故郷の海岸の断崖の上で、北の国と南の国の王子・王女の婚礼を祝福する教会の鐘の音を聴いた途端に、魔法は解けて人間の姿に戻ります。

しかし900年が過ぎた故郷には、懐かしい人々の姿は無く、

900歳の老人の姿として蘇った彼らは、失意のうちに息絶えてしまう…、そんな物語です。


曲は、いきなり運命の過酷さを表わすようなティンパニィの強打で始まります。

吹きすさぶ烈風、遠く聴こえる海鳴りを背景に物悲しく歌われる旋律には、遠い昔を回顧するような深い感慨が込められている、そんな冒頭部です。

クラリネットが奏する旋律は、吟遊詩人が登場して、白鳥に変えられた子供たちの境遇を語り始める、そんな物語の展開が感じられます。

悲劇ではありますが、物悲しくも美しい音楽は、悠久のロマンを掻き立てる素晴らしいもの。

聴き進むうちに次第に音楽に惹きこまれていきました。


意外だったのは、定めに呪縛された白鳥たちが、無邪気で楽しげに描写されていたことと、

教会の鐘が鳴る前(=魔法が解けて人間の姿に戻る直前)に歌われるヴォカリーズが、ことの不吉さを予兆するかのように、不安に怯えつつ絶叫へと高まっていくさま。

純文学を読むようで、物語としても、大変に興味深く聴くことが出来ました。

この民話、和訳が入手可能であれば、是非とも一読したいものだと思います。

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