絶望のあまり「ハイリゲンシュタットの遺書」をしたためた1802年に作曲されたもの。
この時期の彼は、尊敬する先達、ハイドンやモーツァルトによって完成された古典派の様式をさらに徹底して追求し、
音楽の表現能力を拡大することによって、困難な時期を乗り越えたと言われています。
op.31の3曲のソナタでは、身近で起こったエピソードを採り上げて、それに対する喜怒哀楽の感情を表出することに成功しているように思えるのです。
勿論、ベートーヴェンという志の高い、野心家の目を通してではありますが…。
今日エントリーするピアノソナタ第18番(op.31-3)は、ブレンデルの演奏によるもの。
実は、彼が1990年代に2回目のベートーヴェン全集に取り組み始めた頃から感じていたのですが、
ソナタの代表作とされる「悲愴」「月光」「ワルトシュタイン」「熱情」や後期ソナタよりも、
どちらかというと無名(?)のソナタの演奏から、新鮮な感動を受けたものでした。
なかでもop.31の3曲、とりわけこの18番は、愛らしさやユーモアに満ちた幸福感が感じられて、初めて聴いた時以来の私の愛聴盤!
第1楽章:Allegro
やんごとなき絶世の美女が、言い寄る殿方をじらせるように、茶目っ気たっぷりの勿体ぶった態度で接するような、そんなユーモアが感じられる音楽。
ブレンデルの奏でる流れるように洗練された音色が、とりわけ印象的です。
第2楽章:Scherzo(Allegretto vivace)
「そんなに慌てて、どこへ行くの!」と思わず声をかけたくなるような、微笑ましくもユーモラスな音楽。
第3楽章:Menuetto(Moderato grazioso)
第2楽章とは対照的に、平和な落ち着きを感じさせる穏やかな音楽。
中間部では、満ち足りた中にも時に生ずる、心の迷いが表現されているようです。
第4楽章:Presto con fuoco
幸福感に溢れた音楽で、悦ばしい感情がじんわりと湧き出でてきます。
聴覚障害が悪化する中、こんなにお茶目で楽しく、ユーモアに溢れた音楽を書いたベートーヴェン!
彼の幅広く奥深い音楽のキャパシティーを実感させてくれる、ブレンデルの演奏だと思います。