最近聴いたCD

F.シューベルト:さすらい人幻想曲 D760 

マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)


シューベルト25歳の1822年に書かれた作品で、全4楽章から成り、切れ目なく演奏されます。

作曲者自身は、単に「幻想曲」と名付けたそうですが、

第2楽章変奏曲の主題に、自作の歌曲『さすらい人』が用いられていることから、一般的にこのようなタイトルで呼ばれるようになりました。

彼のピアノ作品には珍しく、随所にアルペッジョなどの華やかな技巧が散りばめられており、

作曲者自身この曲を弾きこなすことが出来なかったために、「こんな作品は、悪魔にでも弾かせろ!」と言ったほどの(当時としては)難技巧の曲…。

そんな聴き映えのする華やかさや、ロマンティックなタイトルから、昔から『即興曲』『楽興の時』とともに、彼のピアノ曲の中では人気の高い作品でした。


今もシューベルトのピアノ曲をこよなく愛聴する私ですが、

30歳台の前半にリヒテルが弾く『ピアノ・ソナタ第21番』と、ブレンデルの弾くこの曲(Phillips旧盤)のLPを、盤面が擦り切れるほど聴いたことが、その発端になったと思っています。

その当時は、公私ともに脂の乗り切った順風満帆な時期でもあり、

私がハンドルネームとして「さすらい人」を名乗っているのも、そんな想い出に由来しています。


この曲は、今日に至るまで様々な演奏を聴いてきました。

端正な美しいシューベルトを聴かせてくれたブレンデル盤に始まり、

波乱万丈のロマンを感じさせるリヒテル盤、

私的な体験を回顧するような、耽美的な趣を湛えたウゴルスキー盤、

年代によって愛聴盤も変化してきましたが…。


最近は、1974年に32歳のポリーニによって録音されたCDを聴くことが多くなりました。

力強く、颯爽としたテンポで奏でられる第1楽章からは、懐かしい青春の日々が、走馬灯のように駆け巡ります…。この若々しい感傷に、最近惹かれるようになってきました。


歌曲「さすらい人」の旋律を主題とする変奏曲形式の第2楽章。端正に弾かれるポリーニの演奏は、悲しみにうちひしがれた孤独な若者の心境が、原曲以上に表現されているようで…。

とりわけ、右手のアルペッジョが奏でる天上的とも思える美しい旋律は、触れれば壊れそうな儚さを湛えており、いつ聴いても目頭が熱くなってきます!


第3楽章のは、何かにすがるような若者の願いが、鄙びたウィーン風のメロディーに込められて…。中間部の心地良い揺らぎは、束の間の安らぎなのでしょうか。


確信をもって突き進むような第4楽章。一聴すると、ただ前向きに進んでいくだけの曲のように感じていたのですが、ポリーニの演奏からは、第1〜3楽章を回顧した万感の思いが伝わってきます。

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