最近聴いたCD

F.ショパン:ノクターンop.27-1〜2 

マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)


ノクターンop.27の2曲は1835年、ショパン25歳の時に作曲されたもの。

しばしばショパンの創作の一つの頂点と評される半面、

特にop.27-1(第7番)は、曲想が陰鬱かつ激情的で、ノクターンとしての表現が難しいのか、はたまた聴き映えがしないのか、

コンサートの本プログラムやアンコール・ピースから外されることが多いようです。

私も、漠然と聴き映えのしない曲との印象を抱いていましたが、

今日エントリーするポリーニの新盤(2005年録音)を聴いた時から印象は一変し、俄かに興味深い存在となりました。


ノクターンとは、「夢幻的ないくぶんもの憂いピアノ曲」とされていますが、

ショパンは、そこに様々な感情を織り込んで、曲を完成させています…。

ポリーニの新盤による第7番を何度か聴いているうちに、

「若き日の青年の心の揺らぎが、ノクターンという範疇において、見事なまでに描き尽くされた作品」

そんな認識を抱くようになりました。

そしてop.27の2曲は、内容的に緊密な関連を持つ、一つの作品として演奏されるべきものではないかと思うようになりました。


ちなみに、ノクターンの演奏で評価の高いピアニスト別の演奏時間を、op.27-1、2の順で比較しますと…

ポリーニ旧盤(1968年):4′31″、5′27″
ポリーニ新盤(2005年):4′12″、4′53″
アシュケナージ盤: 5′27″、5′47″
ルビンシュタイン盤: 5′35″、6′10″
ピリス盤: 5′31″、6′37″
アラウ盤: 5′24″、6′17″

ポリーニのテンポは、新旧盤ともに、私の知る範囲では群を抜いて早いのですが、

とりわけ新盤の演奏は、心地良い緊張感に包まれながら、

恣意性のない感情の盛り上りが、ごく自然に揺蕩ような流れの中で表現されているために、

音楽の流れに身を任せつつ、ショパンの描いたノクターンの世界に自ずと惹き込まれていくように感じられます。

言い換えれば、様々な情念が純化されたかのように、極めてシンプルな音楽が聴けるように感じるのです。


第7番は、曖昧模糊として響きの中から浮上する希薄な存在が、やがて眩いばかりの陽射しの中で光輝き、再び水底へと戻っていく、

作曲年代は逆になりますが、恰もドビュッシーの『沈める寺』を思い起こすような、壮大なロマンが感じられる演奏!


いつまでも鳴り響く第7番の余韻が消えた後、絶妙のタイミングで奏される第8番の主題は、

水面に映える柔らかな光を思わせる、絶品の美しさ!

ゆったりとしたテンポで演奏される、従来のノクターンのイメージとは異なるかもしれませんが、

一場の夢と化すような儚い美しさは、本当に素晴らしいと思います!

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