『ヴォカリーズ』という曲名の通り、歌詞はなく、母音のみで歌われるものですが、
彼の歌曲の中では、飛びぬけて有名であり、人気の高い作品。
原曲はピアノ伴奏によるソプラノ(或いはテノール)の為に書かれたものですが、
憂いを含んだため息のように美しい旋律は、演奏家の琴線に触れて、意欲を掻き立てるのでしょうか。
管弦楽伴奏付きのソプラノ独唱版や合唱版
或いは作曲者自身による管弦樂のみによる版、
ピアノ独奏版や、2台のピアノの為の版、
更にはピアノ伴奏付きのヴァイオリン、チェロ、フルート独奏版等々、
昔から様々なヴァージョンに編曲され、幅広く愛好されている作品でもあります。
この曲を初めて聴いたのは、TVのCM用に収録された、ピアノ伴奏付きのソプラノ独唱でしたが、確かにきれいな曲だと思いました…。
それ以来、声楽も含めて何種類かの楽器による演奏を耳にしてきましたが、
どの楽器による演奏を聴いても、それなりに美しい曲だと思いはしましたが、
それ以上の印象を抱いたことは、多分なかったと思います。
ナタリー・デッセイの歌うこの曲を聴いたのは、もう10年ほど前になるでしょうか。
ミャヒャエル・シェーンヴァント指揮のベルリン交響楽団と共演した『ヴォカリーズ』というタイトルのCDに収録されていた彼女の声は、
高音になるほど響きがクリアーに冴えわたり、
軽やかな繊細さに加えて、濃厚なロマンにも事欠かない、素晴らしいもの!
「声は最高の楽器」と友人に諭され、声楽を聴くようになった私ですが、
デッセイの声は、まさしく表現力に長けた最高の楽器!
刻々と微妙に変化していく心のときめきや、憧れ、諦観などの表現の素晴らしさを感じつつ、
幻想の世界へと誘われるような思いが…。
この曲の初演時に、「何故、歌詞がないのか」との歌手の質問に対し、
ラフマニノフは「君の声と音楽性だけで、感情や雰囲気を、言葉以上に表現できるじゃないか」と答えたとか…。
そんなエピソードを思い出すような、素晴らしい歌唱だと思います。