幼児期に神秘主義的な思想を持つ教会オルガニストから、ピアノとグレゴリオ聖歌を学び、
1878年にパリ音楽院に入学後は、和声とピアノを学びますが、アカデミックな音楽に反感を抱き、読書(アンデルセンの童話)に没頭。
在学中、幼い頃の聖歌の影響から旋法的なピアノ曲『3つのジムノペディ』『サラバンド』や、調号・小節線を廃した『3つのグノシエンヌ』を発表。
コクトーやピカソとも親交を深め、その作風はドビュッシーやラヴェルにも大きな影響を与えました。
サティの音楽の特徴は、自らの作品を「家具のような音楽!」と言ったそうですが、
「明確な存在感を具えているが、決して邪魔にならない」という意味だとか。
言ってみれば、イージーリスニングの草分け的存在とも言えるのでしょうか。
そして、前述した『家具の音楽』をはじめとして、
『官僚的なソナチネ』『犬のためのブヨブヨとした前奏曲』『ひからびた胎児』『梨の形をした3つの小品』といった、作品に付けられた奇抜なタイトル!
今日エントリーする『6曲のグノシエンヌ』のグノシエンヌとは、
「知る」というギリシャ語の動詞の語幹をもとにした、サティによる造語。
その語源は、古代クレタ島にあった「グノーソス宮」とも、神秘教会「グノーシス派」ともいわれますが、
いずれにしても古代ギリシャ詩の脚韻を踏んだリズムが、伴奏部に使われているそうです(Wikipediaより)。
第1曲は、古代の神々の舞を思わせる、衣擦れの音すら聞こえないような雅で穏やかな音楽。
楽譜には、拍子記号も小節線も記入されていないそうですが、そのためか時空を超越したような音楽と聴こえます。
第2曲は、一貫して疑心暗鬼な心を表わしたように、決して調和に至らない音楽が…。
この曲も小節線を持たず、楽譜には「外出するな…驕りたかぶるな」といった注意書きが記されています….
第3曲は、寄り添うように、すがるように、そんな切ない願いが感じられる音楽。
小節線を持たず、「先見の明をもって…窪みを生じるように…ひどくまごついて…頭を開いて」といった暗示的な書き込みが!
第4曲も小節線を持たず、左手の刻むリズムが、月の光に照らされて波間に揺蕩う小舟のように、揺れ動く心がロマンティックに表わされています。
第5曲は、ゆったりとした歩みの中、美しいものへの感動が高まっていく音楽!
ジャワのガムラン音楽や、ハンガリーやルーマニアの音楽に影響を受けたと言われるのですが…。
グノシエンヌの中では、唯一小節線を持つ曲だそうです。
第6曲は、苛々したような落ち着きのない音楽と感じるのですが…。
サティの曲は、正直申しまして、聴いていて退屈に思うことが殆どで、私の感性からは遥か遠い存在!
ただ、フランス人ピアニスト、パトリック・コーエンによる演奏は、飽きずに聴けました。
小節線を持たないために演奏家の解釈が多様になるせいか、聴後の印象も様々なようです…。
ちょっと趣を変えるために、時々取り出しては楽しんでいます。