今年の生誕200年の企画で、ショパンの愛奏したピアノとして使用され、注目を浴びている「プレイエル」の製作者、カミーユ・プレイエルの妻マリーに献呈された3曲のノクターンは、
殆どの方が一度は耳にしたことがあったであろう美しい旋律を持つ、珠玉のような作品です。
私が30歳を過ぎた頃には、フー・ツォンという中国人ピアニストの弾く『ノクターン全集』(1977年録音)に嵌り、盤面が擦り切れるほどに何度も聴き、LPを三度買い直したものでした。
心の葛藤、魂の悲痛な叫びなど、情念が渦巻くようなこの演奏は、
文化大革命によって両親を失い、中華人民共和国への帰国を諦めたフー・ツォンが、
ワルシャワでの革命によって多くの知人を失い、再び祖国ポーランドの地を踏むことができなかったショパンの境遇とを重ね合わせて、
思いの丈を表現した演奏と感じたものでした。
この演奏を未だお聴きでない方には、大方の解釈とは一線を画した演奏として、フー・ツォンの演奏を、是非一聴されることをお薦めします。
ところで今日エントリーop.9の3曲は、アシュケナージによる演奏です。
フー・ツォンに心酔していた頃には、甘く切なく美しい、生温いだけの演奏と感じていたのですが、
9年前に田舎住まいを始めてからは、ショパンのop.9と言えばこのディスクを先ず取り出し、
繊細で美しい音色に聴き惚れながら、シックで煌びやかな都会の夜の情緒を髣髴して、懐かしさに浸ることが多くなりました。
洗練された音の一粒一粒が美しく光り輝きながら、かつ慈しむように繊細に奏でられるop.9-1からは、滲み出るような愛おしさが…。
有名なop.9-2での柔らかなテンポルバートは、ふとため息をつくように、自然な呼吸が感じられます。
ショパンのノクターン中、唯一Allegroの速度表示がされ、流れるように刻々と表情が変化するop.9-3は、
車窓に映る都会のイルミネーションの如くに、煌びやかな懐かしい想い出が次から次へと去来する趣の音楽!
特にop.9-3は、ショパンのノクターンの中でも、私の大好きな曲の一つであり、アシュケナージの演奏は、特筆ものだと思います。