9つの交響曲・17の弦楽四重奏曲・32のピアノソナタなどの主要作品は、各時期にわたってまんべんなく書かれていますが、
10曲あるヴァイオリンソナタは、第1番〜5番までが初期、第6〜8番が中期との端境期に、第9〜10番は中期と、比較的若い時期に偏っており、
彼がライフワークとして取り組んだジャンルとは異なった作風と感じます。
今日エントリーする第4番イ短調の持つ暗さは、幸せの真っただ中にありながらも、時折よぎる不安や焦燥の表現であり、基本的には初期作品に共通する、明るく活気に満ちた曲想の作品と思われます。
彼の死後、不滅の恋人に宛てた恋文とともに発見された“ハイリッゲンシュタットの遺書(1802年10月付) ”には、「5〜6年前から耳疾に悩まされている」と記されているそうですが、
前年1801年に相次いで書かれたヴァイオリンソナタの第4、5番「春」を聴く限り、絶望的な兆候は感じられないと思います。
クレーメル・アルゲリッチによるこの曲の演奏、
20年前に大阪シンフォニーホールで聴いた時の騒々しかった印象が後を引き、長らく好きになれなかったのですが、
先日久しぶりにCDを取り出して、イメージが一新!
かの、不滅の恋人との語らいを音楽にしたような、幸せの絶頂期に書かれた作品かと思うようになりました。
急きこむように開始される第1楽章冒頭は、
一抹の不安を感じさせる短調による表現にもかかわらず、
高まる期待感が迸しる、わくわくするような音楽。
慈しみを持って情熱を受け止める、ヴァイオリンの表情の魅惑的なこと!
ヴァイオリンとピアノの丁々発止とした掛け合いは、
時に優しく意気投合し、
時に言い争って反目したりと、
千変万化する人間模様を観るような趣の音楽です。
第2楽章の冒頭は、なかなか意気投合出来ない、疑心暗鬼な心境の表現でしょうか。
それでも中間部のカノン風の音楽は、夫唱婦随を思わせる仲睦まじさが感じられるようで、微笑ましくなりました…。
第3楽章は、想いが通じないことへのもどかしさがつのるような音楽。
ため息をつくように、曲は終了します。
これまでは、クレーメル・アルゲリッチの共演したベートーヴェンのヴァイオリンソナタには、今一つ共感できなかったのですが、
20年の時を超えて今、このコンビによるベートーヴェン演奏の神髄が、理解出来てきたような気がします。