これらは17世紀には一時衰退しましたが、18世紀になって復興。
ゲーテの『魔王』のような叙事詩的な作品を、バラードと呼ぶようになりました。
音楽におけるバラードは、一般的には題材を叙事詩に求め、歌曲や器楽曲として書かれたものが多いのですが、
リストの作曲したピアノ独奏用の2つのバラードの場合、作曲者は何も語っていないために、その内容については憶測の域を出ません…。
1853年、ピアノ・ソナタロ短調と同じ年に出版された第2番は、第1番と比較すると詩的で劇的な抒情が盛り込まれ、
規模こそソナタよりは小さいものの、壮大な物語を髣髴させる充実した作品です…。
情念が渦巻くような劇的で激しい情熱を湛えた第2番の冒頭部は、波乱万丈の展開を予兆させる音楽です。
これが治まると、対照的に天上に響く鐘のような、敬虔で清らかな音楽が登場します。
その後、決然として英雄的な行進曲風の楽想が登場し、嵐に向かって戦いを挑むような、激烈な音楽へと進んでいきます。
戦いが終息した後には、神々しい愛に包みこまれる、無常の喜びを湛えた音楽が…。
再び激烈な音楽が展開されますが、ここでは以前よりも止揚した気分を有する充実感が漲った音楽で、英雄的な誇りすら感じられます…。
最後は天上に響く祝福の鐘の音を響かせつつ、至福の感動を湛えながら、曲は終わります。
リストを得意とするアラウの演奏は、壮大な叙事詩を語るような、ロマン的な表現に溢れたもの。
「アラウは、具体的な物語に準じてこの曲を演奏した」との話を、どこかで聞いたことがあります。
リストの作品については、「誇大妄想的」との批評を耳にすることがありますが、
私の場合はそれに強く惹かれ、男のロマンと感じて親近感を覚えるのです…。