ショパンの4つのバラードは、祖国ポーランドの詩人アダム・ミツキェヴィチの詩からインスピレーションを受けたことが、作曲の動機となったようです。
但しショパンは、具体的な筋書きを文学的に表現しようとしたのではなく、感情をひたすら音に託する表現を貫き通した作曲家と言われています。
今日エントリーする『バラード第1番』は、
1830年に勃発したワルシャワ動乱により、祖国に帰れなくなったショパンが、1931〜5年にかけて作曲したもの。
ワルシャワがロシア軍によって鎮圧されたという報道に、ショパンの心の中には、祖国の惨状が走馬灯のように駆け巡ったことでしょう。
家族や恋人コンスタンチアの安否、戦死してゆく友人たちへの想い…。
M.プルーストのショパンと題された詩の中に、こんな一節があります。
夢み、愛し、苦しみ、叫び、宥(なだ)め、楽しませ、やすらげるお前は、
常に一つ一つの苦しみの間に、
花から花へ飛び舞う蝶のごとくに、
奇想の調べの、目をくらませる甘い忘却を走らせる
詩も文学の一ジャンルですから、ショパンにとっては甚だ不本意かもしれませんが、
『バラード第1番』から受ける感動のエッセンスは、この部分に言い表されているように思えるのです。
ポリーニの演奏は、譜面から読みとった様々な感情を止揚し、
完璧なまでに純化してピアノという楽器で表現するという、
まさにショパンが望んだ演奏へのアプローチがなされているのではないでしょうか。
その演奏は、プルーストの詩に詠まれたエッセンスを含みつつも、
言葉では決して言い尽くせない至高の美しさが感じられるのです。
数多の名演奏に恵まれたこの曲の中でも、頭抜けたものだと思います。