1804年の交響曲第3番『英雄』の完成から1808年にかけて、
ベートーヴェンは交響曲第4〜6番、歌劇『フィデリオ』、ピアノ・ソナタ第23番『熱情』、弦楽四重奏曲『ラズモフスキー』の3曲、ピアノ協奏曲第4番等、代表作を次々に完成させています。
この曲はそんな気力の充実した時期に作曲されたもの。
当初はピアノ・ソナタとして構想されたようですが、
彼が当時出入りしていたマリー・エルデーディ伯爵夫人に懇願されて、ピアノ三重奏曲に変更して作曲されたとか。
曲は、明るく朗らかで和やかな雰囲気に包まれた作品に仕上がっています。
せきたてられるように開始される第1楽章冒頭部は、
前述したエルデーディ夫人の懇願を「おねだり」として表現し、
そのあと、チェロ、ヴァイオリンそしてピアノがゆったりと歌い交わす穏やかな音楽は、
わざと勿体ぶって「おねだり」をはぐらかすような、ベートーヴェンのひょうきんな側面が感じられる、そんな曲想と思えます…。
第2楽章は、「不気味で暗く、神秘的な感じを与える」との理由から、いつしかこの三重奏曲は『幽霊』の愛称で呼ばれています。
確かにそういった印象も受けるのですが、
「何かの結果を待つような、ときめきと不安が入り混じった心境」、最近はそんな風に感じるようになりました。
勿論、この曲に陰鬱さを感じることはありません…。
第3楽章は、朗らかさや和やかさが横溢した楽しい音楽!
コーダ部分で奏される弦のピチカートは、きびきびとして活発な若い女性像を思い描いてしまいます…。
スーク・トリオの演奏は、アンサンブルの一体感から生まれる滋味深い味わい、それに推進力から生ずる喜悦感が素晴らしい演奏と感じます。
ベートーヴェンにとっては、ほんの一時期のことだったのかもしれませんが、幸せで充実した心境が映されたような、素晴らしい作品だと思います。