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ドミトリー・ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第2番

エマーソン弦楽四重奏団


ショスタコーヴィチが弦楽四重奏曲の作曲を始めたのは比較的遅く、32歳になった1938年に漸く第1番に着手しました。

この直前には、体制側からの弾圧を避けるために、楽曲の中に隠し絵のように批判を封じ込めと言われる、交響曲第5番を作曲した時期でもあります。

自己の主張をより自由に表現するために、衆目に晒され易い交響曲を避けて、弦楽四重奏という地味な分野に着目したのではないかととも考えられています…。

にもかかわらず、アピール度の大きい交響曲を作曲することにも生涯こだわり続け、どちらも15曲づつの作品を残しました。


今日エントリーする弦楽四重奏曲第2番は、第1番が作曲されてから6年後の1944年、第二次世界大戦の末期に書かれた作品。

専らボロディン弦楽四重奏団の全曲演奏に嵌っていた頃は、演奏が真摯で実直と感じられるがゆえに、この曲の演奏だけは耐えられない苦痛を感じて、とても聴き通すことができませんでした。

曲の背景に横たわる、戦争に疲弊した心境が払拭できずにいるのか、余裕のない陰鬱な気分に支配された曲のように感じていました。


しかし、初めてエマーソン四重奏団の演奏を聴いてからは、印象は一転。

第1楽章は、阿鼻叫喚の世界を髣髴させるような大変に厳しい音楽なのですが、
中間部では媚びを売るような彼特有のアイロニーを聴きとり、正直ほっとした気持ちになりました。

第2楽章前半部のレチタティーヴォは祈りと慟哭で重苦しいものですが、後半部のロマンスは救済の音楽と感じられて…。

第3楽章は、死をすら思わせる、救いようのないワルツにも、僅かに垣間見れる洒落っ気に、彼独特のアイロニーが感じられます…。

第4楽章変奏曲の主題は、救済を求める祈りの音楽なのでしょうか。
ただこの変奏曲は、激しさが増す一方で虚しさは募るばかりと思えるのですが、
そして最後に訪れる、救われたような静寂…。

これまで馴染めなかった曲に感動できること、何歳になっても嬉しいものです!

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