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モーリス・ラヴェル:『鏡』 

ピアノ ヴラド・ペルルミュテール 


この曲集の『鏡』というタイトルの意味について、ラヴェル自身は何の注釈も加えていないそうですが、

一般的には「外界の風物や、そこから受けた心象風景を映しだす」くらいの意味と考えられています。


5曲からなるこの曲集、それぞれに「蛾」「悲しい鳥」「海原の小舟」「道化師の朝の歌」「鐘の谷」というタイトルがつけられていますが、

これらを作曲するにあたって、ラヴェルは対象とする「もの」に対する憧れ、情熱、感動、意志といった私的な感情を一切削ぎ落とした上で、

自己の感性に従って忠実に譜面化するために、当時としては耳新しいハーモニーや拍動を大胆に採り入れました。

しかしそれは聴衆のみならず、音楽関係者にとっても余りに斬新であり、容易には受け容れられませんでしたが、

時代の経過とともに聴き慣れた音楽となり、現在では独自の詩情を感じさせてくれる印象派の代表的な作品として、揺るぎない地位を占めています。


ペルルミュテールは、譜面には書かれていない微妙なテンポの揺れや正確なメトロノーム速度を作曲者から直に教わった、最後のピアニストでした。

ラヴェル直伝と言われる、この曲の演奏を聴くと、現代のピアニストのそれよりも大らかで描写的、そして詩的な印象が強く感じられます。


第1曲『蛾』、鱗粉を撒き散らしながら灯りの周りを飛びまわったり、停まって羽を休めたり、日常目にする光景から言い知れぬファンタジーが!

第2曲『悲しい鳥』では、けだるい時空に迷い込んだ鳥の動きが…。

第3曲『海原の小舟』では、陽の光に輝く水面の変化や、穏やかなうねり、水飛沫の描写を通じて、広大で幻想的な大海原が髣髴されたり…。

第4曲『道化師の朝の歌』での、ギターを掻き鳴らすような鮮烈なリズム、けだるく妖しげな雰囲気のスペイン情緒が…。

第5曲『鐘の谷』では、静寂の中に漂う鐘の音を通じて、果てしない時空の拡がりが…。

素晴らしい詩の世界が感じられる曲であり、演奏だと思います。


しかしながら、作曲者直伝の演奏以外にも素晴らしいディスクは存在します。

例えばアンジェラ・ヒューイットの大変に精緻な演奏からは、ペルルミューテルからは感じられなかった素晴らしい瞬間が随所に満載されています。

それだけ幅広い可能性を有した、懐の深い音楽なのでしょうね!

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