前年には交響曲第3番『英雄』やピアノ・ソナタ第23番『熱情』といった傑作が完成し、
この年には弦楽四重奏曲第7〜9番を完成させ、そして交響曲第4〜6番の作曲にも取り組んでいた、そんな円熟期の多忙な中で書かれた、珠玉のような小品です。
ベートーヴェン作品におけるOp.(作品番号)は、全て作曲者自身によって作品発表の際に付けられたものと言われており、
それ以外に残された作品には、1955年に編集されたWoO.(=Werk ohne Opuszahl )という目録番号が記されています。
この作品が発表されるに至らなかった理由については、自らが気に入らなかったからか、或いは実験的に書かれたものなのか等、さまざまに推察されているようですが、
いずれにしても今日では、『エロイカ変奏曲『ディアベリの主題による変奏曲』と並ぶ名作として、しばしば演奏されています。
冒頭に提示される主題は、僅かに8小節の短いもので、それに続く各変奏も、大部分が8小節で構成されています。
したがって、旋律を展開させながらどんどん発展していくという類の曲ではありませんが、
8小節に凝縮された各変奏曲の内容の豊かさと表情の多彩さは、創作力が横溢した円熟期ならではの作品と思います。
今日は、あまりベートーヴェン的な演奏とは思えない、徹底して瑞々しく抒情的な解釈を押し通した、ラドゥ・ルプーが25歳の時に録音したディスクをエントリーさせていただきます。
ルプーの演奏は、変奏ごとの性格の違いが明瞭に提示されるものの、一貫して抒情的な流れが感じられるために、
寛いだ余韻を漂わせる雰囲気の中で、曲の流れに身を任せることができるのです。
それは、恰も過去の様々な想い出に遭遇するような趣を有した、懐かしくも悦ばしいもの。
解釈の成否は分かりませんが、肩の力を抜きながらノスタルジーに浸ることができる、美しいベートーヴェン演奏なのです。