最近聴いたCD

ベートーヴェン:ピアノソナタ第30番 ホ長調 op.109 

ピアノ:アルトゥール・シュナーベル


申すまでもなく、ベートーヴェン最晩年の傑作の一つで、

シンプルでありながらも深い内容を伴なった、

作曲家の円熟の境地が表現された、名曲中の名曲。


第1楽章は、幻想的な懐かしさを感じさせる第1主題がいきなり表われ、あっという間に立ち消えると、

表情豊かな第2主題が、ためらうように登場する…。

このシンプルさは、儚さにも通じるようにも思え、解決されない余韻を残したままで次の楽章へ…。

一転して第2楽章は情熱的な音楽ですが、この楽章も大きく発展することはなく、未解決のままに曲は終わります。

第3楽章の変奏曲は、規模も内容も圧倒的な存在感を持った音楽です。

とりわけ主題の、慎み深い静謐な感動に満ちた内容の深さや、

続く第1変奏での、装飾が施された主題が、より一層の愛情をこめて歌われる至高ともいえる美しさは、この瞬間が永遠に続いて欲しいと思うほど…。

第4変奏では対位法が用いられていますが、最初は穏やかながら、曲が進行するにつれて心の深奥にまで入りこみ、感動が湧きあがるような音楽。

第6変奏は、さながら高貴な天上の音楽を髣髴するように感じます…。

そして最後には、楽章冒頭で提示された主題が回帰して、静かに曲は終わります。


ベートーヴェンの後期ピアノソナタの演奏は、名盤と言われるディスクも多く、私もそこそこの数を聴いてきましたが、

最近聴いた、SP時代の録音をCD化したアルトゥーロ・シュナーベル(1882〜1951)の1943年の録音は、感動ものでした!

20世紀前半、ベートーヴェン演奏の新約聖書とまで言われたこのピアニストの奏でる第3楽章は、崇高ではあるのですが、何よりも聴衆と対話をしながら、ベートーヴェンの描いた高みに導いていくような、そんな趣が感じられるのです。

この演奏を体験してからは、これまで素晴らしいと思っていた演奏に、どこか物足りなさを感じてしまって…。

シンプルで深い内容を有する曲だけに、十分に人生体験を積む以前の若い頃に録音した演奏に、そういった印象を抱く傾向が強くなってしまいました。

決して聴き辛い音ではありませんので、もし機会がありましたら一聴されることをお薦めしたいと思います。

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