同年に勃発した十月革命により、労働者・農民・兵士を中心とした評議会が中心となって臨時政府を倒し、社会主義国家が誕生。
その後ロシア内戦を経て、1922年に共産主義国家であるソヴィエト連邦が誕生しました。
そんな中で1927年に完成された交響曲第2番は単一楽章の作品で、
Wikipediaによると、“ロマノフ王朝への抵抗と闘争・十月革命における大衆の勝利・レーニン賛美”をテーマにした標題音楽とされています。
序奏部に当たるラルゴで奏される部分は、帝政ロシア時代の抑圧された人民の嘆きを表現した音楽なのでしょうか。ミュートが付けられたトランペットの響きは、未来への希望を表わすような趣が感じられます。
アレグロで奏される有名な27声のフガート部は、あちこちで蜂起する人民の声を表わしているのでしょう。それらが大きく盛り上がって一つになっていく様は、人民たちの力が結集されるということになのでしょう。
それらがいったん静まりますが、この部分の静けさは、私には意味不明な悲しみのような音楽と感じるのですが…。
最後はレーニンへの賛歌が高らかに歌われて、合唱パートによるシュプレヒコールで、曲は終わります。
バルシャイ/ケルン放響の演奏は、全曲にわたってリアリティーに溢れたもので、とくに27声のフガート部分の凄まじい盛り上がりは、大変な聴きものだと思うのですが…。
ただこの演奏を聴くと、ショスタコーヴィッチがプロパガンダ作曲家と揶揄されても仕方ないかと思うほどに、理念に固められた体制賛美の音楽と聞こえるのです。
しかし演奏によっては、必ずしもそうは感じないこともあるのです。前述した、前奏部のミュートを付けたトランペットの響きの印象は、
バルシャイ盤では、(社会主義という思想として提示された)明確な希望を表わすように聞こえますが、
ハイティンク/ロンドン・フィル盤で聴くと、何か分からないけれど、かすかな期待感がほの見えるような、そんな深みのある味わいが感じられるのです。
この演奏ならば、プロパガンダ云々は否定できそうにも思えます。
何が真実なのか、私には分かりませんが、
いくつかの演奏を聴き較べながら、そんなことも想像していきたいと思っています。