ぺルトは、1935年エストニアに生まれ、現在も作品を発表し続けている作曲家。
東方教会の単旋律聖歌の美しさに惹かれ、グレゴリオ聖歌や中世・ルネッサンスの音楽を研究することによって、
1970年代の半ばに、“チリンチリン”と鳴る鈴の音を連想させるような、単純なリズムと抑制された動きのみで貫かれる、ティンティナブリ(鈴音)様式を産み出しました…。
彼の音楽は、決してドラマティックな展開を見せず、僅かに形を変えて繰り返されていくだけなのですが、
前述した様式によって、独特の静謐感が緊張感を失うことなく継続するために、
聴き手は、他の音楽からは決して得られない、穏やかな安らぎに包み込まれるのかもしれません。
『スターバト・マーテル(悲しみの聖母)』は、弦楽三重奏とソプラノ、カウンター・テナー、テノールによって演奏されるもの。
冒頭部で、虚空から密やかに聞こえてくる弦とヴォカリーズの響きは、余分な感情が削ぎ落とされているためか、純粋でまっさらな心の痛みを表現した、類稀な瞬間を感じさせる音楽です!
ヴォカリーズが終わり、スターバト・マーテルの詩が歌われる前の、弦だけで奏される悲しみを鎮めるような音楽の、えもいわれぬ安らぎ感等々…!
25分の演奏中に三度、悲しみに胸かきむしられるような早いパッセージが現れますが、それ以外には曲に大きな展開はありません。
しかし、緊張感が途切れることなく、静謐さに満たされながら、非日常的な時間が経過していきます。
この曲が収録されている、ライナー・ノートの冒頭に記された一句です。
ぺルトの創造する静謐な世界を体験すると、言葉使いが意味不明に思えるこの句が、何とも味わい深く理解できるように感じられるのです。