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R.シューマン:幻想曲ハ長調op.17

ピアノ  ホルヘ・ボレット


1838年、シューマン28歳の時に完成された作品。

当時、ピアノの指導を受けていたヴィークの娘クララと恋に落ち、結婚を約束したのですが、

父親の激しい反対にあったために、逆にますます彼女への思慕が強まってきた、

そんな時期の心情が反映されていると、言われています。

冒頭から、いきなり熱い情熱に惹き込まれるような第1曲目は、汲めども尽きることのない愛おしさが、引いてはまた押し寄せてくる、切なさの極みのような音楽です。

もしヴィークが、シューマンと愛娘クララとの交際をすんなりと認め、順風満帆に婚約が成立していれば、

ロマン派ピアノ曲中屈指の名曲と評される、この素晴らしい第1、3楽章が創造される機会は、おそらくなかったでしょう。

若い二人に訪れた試練が、お互いの情熱の炎に油を注ぎ、類稀な名作を誕生させたと考えると、この頑固親父に対し、我々音楽愛好家は、大いに感謝すべきなのかもしれません。

第2楽章は、クララとの恋を成就させようとするシューマンの前に立ちはだかる障害を克己しようとする、彼なりの強い意志が表明された音楽と感じます。

そして第3楽章、28歳の青年音楽家が描く、延々10分間にわたって感情の起伏が殆んど表現されない、美しく穏やかな音楽は、

一体どういった心情の表現なのか、不思議に思ったものでしたが…。

ジャンルは異なりますが、R.シュトラウス34歳時の作品『英雄の生涯』の終結部、“英雄の隠遁と完成”も同じような音楽であることを思い出しました。

周囲の無理解や誹謗、中傷に精根尽き果てた心を癒してくれるクララとの生活を夢見て、そんな穏やかさにいつまでも浸っていたいと思う心情が吐露された音楽なのでしょうか。

LP時代には、リヒテルの濃厚なロマンあふれる第1楽章の演奏でこの曲に目覚め、

アルゲリッチの夢見るように美しい、リリシズムに溢れた演奏に夢中になりました…。

そんな演奏を懐かしみつつ、今はホルヘ・ボレットの、想い出を慈しむような演奏を愛聴しています。

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