明治17年生まれで、音楽には一切関心のなかった私の祖父でさえ、“運命が扉をたたく”冒頭部だけは、何処で耳にしたのか、知っていました。
ただ余りの有名曲ゆえに、同じ買うのであれば、生半可な演奏ではなく、決定的名盤を手元に置きたいと考え、レコードを選ぶには、慎重にならざるを得ませんでした。
何せ、大学卒業者の初任給が15000円未満の時代に、LP盤一枚が1800〜2000円という貴重品です…。トスカニーニ/NBCの録音に決定するまでには、3年ほどかかったように記憶しています。
ところが大学入学後は、家庭教師などで自力で収入が得れるようになり、悪友の誘いにのって、同じ曲を様々な演奏で聴く楽しみを覚えてしまいました。そのとっかかりが、この曲の冒頭部分の聴き比べ…。
高校時代に、散々悩んだ末に入手したトスカニーニ盤はもちろん、フルトヴェングラー、ワルター、クレンペラーの冒頭部の演奏は、
音楽的知識が全くなく、曲を感覚的にしか捉えることができない私ですら、居眠りしていても言い当てられるほどに個性的な演奏でした。
それぞれが強い説得力を有する演奏で愉しませてもらいましたが、中でもフルトヴェングラー/ウィーン・フィルのスタジオ録音の、ゲルマン的な雄渾さを湛えた深遠な演奏には、長い間心酔してきましたが、
近年になって、新たにその中に割って入ってきたのが、クラーバー/ウィーン・フィルの演奏。
今更私が申すまでもなく、感情に溺れることのない、一点の曇りも感じられない研ぎ澄まされた響きと、一点のすきもない白熱した演奏は、名刀の切れ味を髣髴させる鋭さ。
名曲の名演というにふさわしい、必聴の名盤だと思います。