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ジャン・シベリウス:交響詩『エン・サガ(ある伝説)』

コリン・デーヴィス指揮  ロンドン交響楽団


フィンランドでは、19世紀前半に帝政ロシアに編入されたことによる反動から、民族間の結束が強まり、

各地に連綿と受け継がれてきた風俗・習慣・伝説・民謡などを、自国の固有の文化とする認識の高まりを背景にして、

同世紀の半ばまでには、民族的叙事詩『カレワラ』が編纂・出版されるに至りました。

多くの知識人と同様に、シベリウスも強い影響を受け、『カレワラ』の登場人物を題材にした『クレルボ交響曲』を完成。

そのすぐ後に、指揮者カヤヌスの要請によって作曲されたのが、彼の出世作となった交響詩『エン・サガ』でした。

当然『カレワラ』から受けた影響の色濃い作品ですが、

『ある伝説』と命名されてはいるものの、作曲者自身は物語を特定するコメントを残さず、「その頃の私の心理状態の表現だった…」と述懐したそうです。

この壮大な交響詩は、フィンランドの荒涼とした大自然を髣髴させるような音楽で開始されます。

すぐに現われる憧れと不安げな気持ちが同居したような主旋律(第1主題)は、様々に表現を変化させながら、何度も何度も繰り返されますが、

それはあたかも返事の得られない問いかけのように、頼りなげで確信を得るには至らないもの。

とりわけチェロのソロが奏でるこの主題の淋しげな表情は、虚空を逍遙する魂のように、孤独さが極まった表情が感じられます。

ようやく現われる新たな旋律(第2主題)の登場で、主旋律との対話が生じ、曲想に落ち着きが生じてきます。

素朴でぶっきらぼうにさえ思えるこの第2主題に、そこはかとない懐かしさが感じられるのは、そんな安堵感が生じるせいかもしれません。

若き日の、世に認められない芸術家の魂の逍遙が感じられるような、ロマンに溢れた素晴らしい作品。

シベリウスとは縁のなさそうな20世紀の大指揮者、トスカニーニやフルトヴェングラーがたびたび取り上げた理由も、そんなところにあったのかもしれません。

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