最近聴いたCD

ショパン:幻想曲ヘ短調op.49

ピアノ:マウリツィオ・ポリーニ


私のクラシック音楽に関する雑学は、主に黛敏郎さん時代の『題名のない音楽会』から仕入れたものが、かなりの部分を占めています。

この曲も若い頃に、「序奏部の主題が、中田喜直氏作曲の“雪の降る街を”に似ていませんか…」という氏のコメントを聞いて、それ以来好きになったという、単純で乗りの良い音楽ファンでした…。

もっとも、今では『ショパン・幻想曲』でネット検索すると、当たり前のようにそんなコメントが記されていますが…。

ところで、これまでコンサートホールで何度もショパンを聴いてきましたが、後悔しながら帰途に就いたことは殆んどありません。

言ってみれば、しかるべきテクニックを有するピアニストが弾けば、聴衆を満足させうる、聴き映えのする作品が多いということだろうと思うのです…。

この曲も、有名無名を問わず、何人かの演奏家で聴いたことがありますが、それぞれに満足した記憶が残っています。

しかし、稀にそんな次元を超越した、とてつもない高みに到達したように感じられる演奏に出遭うことがあります。

1999年に、ポリーニがバラード第1〜4番と共に録音した幻想曲は、まさしくそんな演奏だと私は思っています。

“雪の降る街に”と似た序奏部のニュアンス豊かな音の絡まりからして、無限の拡がりが感じられる、インスピレーションに富んだもの。

そんな素晴らしい序奏部から、主題部への発展しつつ流れるような移行は、余分な感情移入を抑えつつ、神々しいまでの高みに駆け上がるような音楽。

ポリーニのショパン演奏では、恣意的な解釈では決して到達し得ないであろう、高貴な瞬間を耳にすることがしばしばありますが、この部分もその一つです。

そして、横への滑らかな流れの中に登場し消え去っていく、4つの主題の儚いような美しさ…。

後半部でのポリーニの破綻の感じられない見事なテクニックによる、素晴らしい盛り上がり!

近年のベートーヴェン演奏では、磨き上げられたテクニックが故にスリリングさに欠け、逆に物足りなさを感じる私ですが、

ショパンの演奏に関しては、まさに素晴らしいの一言に尽きると思うのです。

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