この曲は、ロマンティックな味わいの中に、時にデモーニッシュな、時に神々しいまでの美しい表情を見せる曲、
LPを聴いていた頃には、そんな印象を抱いていました。
しかしCD時代に入って、迂闊にもLPを手放す決断をしたために、
前述したような、ロマン的な味わいをもつ古い録音を聴く機会が、めっきり少なくなってしまいました。
それは、シューベルト研究による認識の変化や、近年の演奏傾向の変化によるものかも知れません。
新しく録音された『未完成』の演奏を聴いていると、
2つの楽章にちりばめられた美しい旋律の数々には、
死を現実のものとして意識せざるを得なくなったシューベルトの、永遠への憧れに重きをおいて演奏するためでしょうか、
よく言えば繊細、悪く言えばヤワなだけの演奏が多くなり、
従来この曲に抱いていた印象も、変化してきました。
そんな中で、ギュンター・ヴァント指揮するベルリン・フィルの演奏は秀逸なもの、
微妙に揺れ動く感情の中に、宗教的な静謐ささえ漂った、演奏でした。
この人は、曲のテンポを大きく動かすことなく、楽器の音色を変化させることによって、
感情表現、ひいては曲の雰囲気までをも劇的に変えうる、稀有な指揮者だと思います。
この『未完成』も、LP時代から馴染んできた曲の印象を完全に払拭した、素晴らしい演奏だと感じました。