そのために、例えばJ.S.バッハの『ゴールドベルグ変奏曲』や、ベートーヴェンの『ディアベリの主題による変奏曲』のように、曲が無限に発展していくような、そんな展開を期待することはできませんが、
逆に調性が統一されているために、安定した感慨に包まれながら、繊細な表情で変化していくフォーレ特有の美しい旋律を堪能できる、そんな作品だと思います。
冒頭に奏される主題は、シンプルながら、少しメランコリーなノスタルジアを感じさせる旋律ですが…
第1変奏ではそれが静かな憧れに…、第2変奏では少し華やかな雰囲気を伴って…、第3変奏では気分を高揚させて情熱的に…というように、
同じ調性の中で、時には精一杯大きく、時にはごく微細に、ニュアンスを変化させながら進んでいく変奏曲です。
「フォーレ特有の…」とは言えないのかもしれませんが、それでも美しくはかない音楽に聴き入っていると、最後の第11変奏での思いがけない嬰ハ長調への転調によって、春の宵に見るひと時の夢から覚めるように、突如現実に引き戻されたような印象を受けました。
この曲を演奏するキャスリン・ストットというイギリスの女性ピアニスト、実はCDでのフォーレピアノ曲全集以外には聴いたことがないのですが、基本的には堅実な演奏の中に、時に素晴らしいインスピレーションが感じられます。
例えばこの曲の第6変奏でも、左手が深々とした気高さを湛えた旋律を奏する中、右手で奏される装飾音の絶妙な輝きは、ため息が出るような美しさ!!
この人のピアノ曲全集は、私の愛聴盤の一つとなっています。