音楽を聴くのに、小説の内容を知る必要はないとは思いますが、
曲を聴く妨げにはならないと思いますので、概略を申しますと…
作者が偶々長距離列車に乗り合わせた男から、妻殺しをするに至った一部始終を告白されるというもの。
その男の話によると、
ふとしたことから芸術家を気取る、鼻もちならない男を妻に紹介したが、
初対面時から芸術上の観点で意気投合した二人にジェラシーを抱き、
疑惑が疑惑を生んで、
ついには妻を殺害するに至ったという内容。
心理的な葛藤の経緯が、服役を終えた男の告白という形で描かれた作品です。
二人が晩餐会で演奏をするために練習を重ねていたのが、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの名作『クロイツェル』。
高い芸術的内容を持つ作品を共演することによって、心の絆が深まっていくことは、容易に想像できると思います。
それが、トルストイの小説の題名とした採られた由縁でしょう。
ところで、ヤナーチェクのこの曲は、前述したように、小説の展開に従って作曲されたと言われています。
そこで、内容を思い出しつつ曲を聴いていくと、
第1楽章:平和な田園の風景を思わせる穏やかさの中に、突如出現する何かを引き裂くような不快な音楽は、夫のジェラシーを表現したものと思われます…。
心の整理のつけようがないこの感情には、甘美さや安らぎの入り込む余地は一切なく、終楽章に至るまで、断末魔の叫びのように、形を変えて登場します。
第2楽章のチェコの民族舞踊を思わせる楽しげな音楽、
第3楽章の切なく美しい旋律は、
ますます昂じてくる夫のジェラシーとは裏腹に、妻の内的充実感を描いた音楽と聞こえます。
第4楽章では、殺した妻を目の前にして、ようやく我に帰った夫の姿が描かれているようです。
トルストイの小説では、ベートーヴェンのクロイツェル・ソナタを演奏する二人の、心の絆の深まりは描かれていますが、男女の関係があったのか否かについては、触れられておりません。
スメタナ弦楽四重奏団、アルバンベルク弦楽四重奏団の演奏も素晴らしいのですが、
メディチ弦楽四重奏団による演奏は、どちらかというとプラトニックな面に光が当てられたような印象を受けるのです…。