第4曲“断頭台への行進”、第5曲“魔女の夜宴の夢”といった標題を聞いただけでも、狂気と紙一重のスリリングな演奏を期待するのは、至極当然のことでしょう。
私も、緩急の変化の変化が激しく、興奮の坩堝に巻き込まれるようなミュンシュ/ボストン響やパリ管との情熱的な演奏を、LPの頃から愛聴していました。
しかしいつの頃からか、こういった類の演奏を聴くことが、しんどくなってきたのです。
今回エントリーした、アンセルメ/スイス・ロマンド管によるこの曲を最後に聴いたのは、ほぼ30年前と記憶しています。
前述しましたように、ミュンシュの演奏に心酔していた私には、このレコードは面白みのない演奏だと感じていました。
ただ、第二楽章“舞踏会”の、紗がかかったようで、優美さとは無縁なワルツの演奏が、アヘンで朦朧とした意識を表現しているように思えて、その一点だけが印象に残っていました。
だからこそ、レコードを処分した後に、同じ演奏のCDを購入したのでした。
そんな希薄な印象しか残っていない演奏にもかかわらず、やや遅めのテンポで開始された第1楽章冒頭を聴いただけで、旧友に再会したような心の安らぎを覚えました。
曲想には相応しからぬ感慨でしたが、リラックスしながら、じっくりと演奏を楽しむことができました…。
同時に、アンセルメという指揮者の素晴らしさを、初めて認識できたように思います。
気になっていた第2楽章の紗のかかったようなワルツの演奏、
バランス上、主旋律を奏するヴァイオリンを若干弱めに弾かせることで、聴き手に前述したような印象を、与え得るのですね。
第3楽章の“野の風景”。後半部の遠雷を思わせるティンパニーのトレモロが鳴り止んだ瞬間、突風が吹くような気配に、ぞくっとしました…。
「気の所為…」かと、全曲終了後、再度聴き直しましたが、印象は変わりません…。
ティンパニー奏者に、特別な指示が出されているのでしょう…?
第5楽章では、他のディスクでは聴いたこともないような、高音成分が抑えられたような銅鑼の音が、一層不気味さを感じさせます。
昔、我が家でこの演奏を聴いていた時、いつもどんなに音量を上げて聴いていても文句一つ言わなかった祖父が、「気持の悪い音楽を聴くな!」と、怖い顔をして怒鳴ったことを想い出しました。
その他にも、曲の持つ内容を効果的に伝えるために、随所に工夫が凝らされた演奏だと感心しました。
30年前には、全く考えすらしなかった感慨です。
演奏は、あくまでも正統的なものだと思います。
今、虚仮脅しを感じさせないでこんな演奏をする人、見当たらないように思います…。