ニュースに続いて、「音楽の泉です!」という声とともに、古色蒼然とした音色でテーマ曲のシューベルトの『楽興の時』第3曲が流れてきました。
調べてみると1949年に第一回が放送されたそうですから、もう60年近く続いているのですね。
使われている音源も当時と同じものでしょうか…。
高校生時代、毎週のように聴いていました。
土曜日の授業終了後から日曜日の午前中にかけては、勉強のことはしばし忘れ、のんびりできる数少ない時間帯でした。
軽快なリズムに乗って愉しげに奏されるこの曲を聴くと、当時のそんな心境が刷り込まれている所為か、自ずと気持ちがリラックスしてきます。
『楽興の時』全曲で最も気に入ったディスクは、ルプーの演奏でした。
この演奏を聴くと、若い日の様々な出来事やその時の感興がつい思い出されてきます。
とりわけ、愛おしさがこみ上げるような第2曲や、
立ち去りがたい名残惜しさに後ろ髪を引かれるような第6曲。
彼の弾く弱音の美しさには、つい涙腺が緩んでしまいます…。
内田光子さんが弾くこの曲を初めて聴いたのは7〜8年前、まだ大阪に住んでいた頃でした。
バブル崩壊後の長引く不況で先の見えない世の中、仕事に行き詰まりを感じていた私は、この曲に憩いを求めて聴き始めました。
しかし意に反して、死を予知させんばかりの深刻な演奏で、正直聴き通すのがしんどかった記憶があります。
以来、一度として取り出すことのないディスクでした。
当時とは全く心境が異なる昨今、『音楽の泉』に触発されて、久しぶりに内田さんの演奏を聴いてみたいと思いました。
案の定、1曲目から思いつめたような演奏です。
以前、雑誌のインタヴュー記事で、彼女は「シューベルトが死を意識してからの作品群に、素晴らしい芸術性を感じる」という意味のことを語っていた記憶があります。
『楽興の時』を作曲した当時、シューベルトはすでにそんな予兆を感じていたのかと、そんなことを考えながら第1、2曲と聴き進みました。
ルプーの若々しさとは異なり、人生を諦観した人の感慨が語られているように感じながら…。
ただ、今回はこんな演奏も、冷静に聴き取ることができました。
ところが愉しげな第3曲目が始まると、
突然に、15年間を共に暮らし、昨年の1、5月に相次いで逝ってしまった二匹の愛犬が、彼岸で無邪気に戯れる姿が思い浮かんできました。
あまりに不意なことで、涙は止まりませんでしたが、辛うじて2分弱のこの曲を聴き終えることができました。
しかし、続く第4〜6曲の主題やパッセージ全てが、逝ってしまった愛犬の想い出に繋がってしまいました…。